大判例

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東京地方裁判所 昭和42年(行ク)62号 決定

申立人 同和信用組合

被申立人 東京国税局長・東京国税局収税官吏

訴訟代理人 横山茂晴 外七名

主文

本件申立てを却下する。

申立費用は申立人の負担とする。

理由

一  本件申立の趣旨及び理由は、別紙(一)ないし(三)記載のとおりであり、これに対する被申立人らの意見は、別紙(四)記載のとおりである。

二  疎明によれば、東京国税局収税官吏野坂哲也は、訴外三和企業有限会社、同松本祐商事株式会社に対する各法人税法違反嫌疑事件、訴外木村勇三こと李五達、同金宮年珍こと金年珍、同方山元俊こと方元俊に対する各所得税法違反嫌疑事件を調査するため、昭和四二年一二月一二日国税犯則取締法二条に基づき、東京簡易裁判所裁判官に対し臨検・捜索・差押許可状の交付を請求し、同裁判官は、同日、捜索しようとする場所を「東京都渋谷区千駄ケ谷五丁目二九番地同和信用組合(申立人)本店店舖・事務所・金庫室・倉庫及びその附属建物」並びに「東京都台東区上野七丁目二番六号同和信用組合(申立人)上野支店店舖・事務所・金庫室・倉庫及びその附属建物」、差押しようとする物件を「本件犯則嫌疑事件の事実を証明するに足ると認められる営業並びに経理に関する帳簿書類・往復文書・メモ・預貯金通帳・同証書・有価証券及び印鑑等の物件」とする許可状を発付したこと、右許可状に基づき同月一三日東京国税局収税官吏被申立人木場初が国税犯則取締法二条により前記申立人本店において臨検・捜索を行ない、別紙差押物件目録(一)記載の各物件(四二五点)を差押え、また同収税官吏被申立人小林一誠が前記申立人上野支店において臨検・捜索を行ない別紙差押物件目録(二)記載の物件(三七二点)を差押えたことが認められる。

三  そこで申立人に右差押処分によつて生ずる回復困難な損害を避けるため緊急の必要があるかどうかについて判断する。

(一)  まず、疎明によれば、本件差押物件のうち、収税官吏が現在なお留置の必要ありとして差押を継続している物件は、別紙差押物件目録(三)に記載する五〇点(本店差押分四二点、上野支店差押分八点)だけであつて、その他についてみると、同目録中、訴外方元俊、同李五達、同三和企業有限会社関係の四五点(本店差押分四二点、上野支店差押分三点)の伝票綴は、いずれもすでに決算の終つている昭和三八年一〇月から同四二年三月分までのものであつて、これがなければ申立人の現在の業務に直ちに重大な支障を生ずるものとは認められず、その余の五点の帳簿書類(訴外李五達、同金年珍関係)もその記載内容、用途等からみて、申立人が営業上緊急にこれを必要とするものと認めることはできない。申立人提出の疎明のなかには、これに反する供述記載もあるが、にわかに採用しがたく、他に右五〇点の差押物件を申立人が現在利用しえないことのために、回復困難な損害を生ずると認めるに足りる疎明はない。

(二)  ところで、申立人は、東京国税局では、前記差押物件たる申立人の帳簿について、ゼロツクスによつて正確な写しを作成し、これにより申立人の取引内容を一切把握し、金融機関として申立人が取引先に対して負担する秘密保持義務を侵害しているため、申立人の営業上重大な支障があり、また、本件差押という事実自体によつて申立人の信用が著しく失墜したので、新規預金は激減する一方、預金の払戻しが相次ぎ、このため取引先に対する年末融資の約束を履行しえなくなつたことから更に顧客を失なうというような事態が連鎖的に生じており、このままでは組合が潰滅する危険があると主張する。しかしながら、国税犯則取締法二条に基づく差押は、収税官吏が犯則事件の証ひようとなる物件等の占有を強制的に取得する処分であつて、その差押処分を取り消す判決は、右処分の法的効力そのものを失なわしめるもの、すなわち差押物件の占有を差押を受けた者に回復させるものに外ならず、差押の結果、差押を受けた者の名誉、信用が低下し、ひいてはなんらかの不利益をこうむる場合があるとしても、かかる社会的評価の低下ないし不利益を回復することは、本来、差押処分の取消訴訟の目的とするところではないし、また右差押処分の取消判決があつたからといつて、その効力として前記写しのごときものの返還義務までも生ずるものと解することはできない。

したがつて、本案判決によつて実現される現状回復を実効あらしめるための制度である執行停止手続においては、本案訴訟がその回復の目的となしえないような利益を実現するために、処分の効力を停止することはできないものというべきである。これを本件についてみると、本件差押処分の取消判決によつては、写しの返還を受けることができず、また、差押処分の取消訴訟が差押を受けた者の名誉、信用の回復を目的とするものでないことは前記のとおりであるから、申立人が現在写しの返還を受けられず、また、差押を受けた事実自体によつて名誉、信用等を毀損され営業上の損失をこうむつているとしても、これをもつて本件差押処分の効力停止の事由とすることはできない。

(三)  最後に、申立人は、本件差押手続には申立の理由に記載するような多くの重大な違法事由があるから、かかる違法な処分による不利益はそれ自体申立人において受忍すべき損害に当らないと主張するもののようであるが、本件にあらわれた一切の疎明を検討しても、本件差押処分が行政庁の行為としておよそ法の執行というに値いしないようなものであつて、それによるいかなる損害も申立人が受忍するに及ばない場合であるとまで認めることはできない。

そして、以上のほかに本件差押処分によつて生ずる回復の困難な損害を避けるため緊急の必要があることについては、申立人の主張及び疎明がない。

四  よつて、その余の点について判断するまでもなく本件申立を却下することとし、申立費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 緒方節郎 小木曽競 佐藤繁)

別紙(一)

申請の趣旨

国税犯則取締法第二条により昭和四二年一二月一二日付で東京簡易裁判所裁判官峰谷明が発付した差押許可状に基づき、被申立人が東京国税局長志場喜徳郎及び被申立人東京国税局収税官吏木場初が同年同月一三日申立人に対してその本店においてなした別紙差押物件目録(一)、記載の各物件に対する差押処分、ならびに、東京国税局長志場喜徳郎及び被申立人東京国税局収税官吏小林一誠が同月一三日申立人に対しその上野支店においてなした別紙差押物件目録(二)、記載の各物件に対する差押処分の効力は、いずれも本案判決確定にいたるまでこれを停止する。

との裁判を求める。

申請の理由

第一、申立人信用組合について

申立人同和信用組合は、東京都内に住所または営業所を有する公共的金融機関であり、在日朝鮮人中小商工業者が日本の金融機関から差別的扱いによつて正常に融資を受けられない状況下で、これら中小商工業者を組合員とし、中小企業等協同組合法に基いて自主的に設立された信用協同組合である。肩書地の本店をはじめ都内七箇所に支店を有し、組合員は一万六千名、預金額は一三〇億円に達する信用組合として在東京の朝鮮人の営業と生活に欠かせない存在となつており、又、永年の誠実な業務処理から金融業界の信用も極めて厚いものがある。

第二、被申立人等の本件差押処分がなされるまでの経緯

被申立人東京国税局長は、昭和四二年一二月一三日申立人組合の本店に対し被申立人東京国税局収税官吏木場初と共に、上野支店に対し被申立人東京国税局収税官吏小林一誠と共にそれぞれ左記の如き臨検、捜索と差押処分を行つた。

一、申立人組合の本店に対する差押

申立人組合の本店では右同日午後、理事長をはじめ営業部長など責任者は不在で営業部預金係長と一八名の職員だけが業務に従事していた。午後二時四〇分頃は勿論営業中で顧客十名が来店していた。被申立人は、この頃日本通運のトラツクを使いダンボール箱五〇箇を本店前に運び、査察官約一〇名がダンボール箱を通路につみかさねた。午後二時五〇分頃、木場査察官を責任者とする約一〇〇名の査察官が無線機一台をもつた警察官三名と共に本店に入り、計画に基づく任務分担に従つて、一部の査察官は正面の扉を内側から閉ざし、あらかじめ用意してきた「国税犯則取締法第九条により立入を禁止する」と墨書した貼紙を戸に掲示し、入口を見張り、外部からの立入を一切遮断し、他の一五名は、営業部の電話を占拠し、職員が電話をしようとしても電話器に手をかけさせず、その手を殴打する暴行にまで及んだ。残りは、一九名の職員をそれぞれ三、四名で包囲し、身動きの全く出来ない状態に陥し入れるほか、全ての出入口に内部から施錠した。被申立人は、その立入権限を明らかにすることもなく営業時間中の組合本店に多数の査察官を投入しその業務を停止させたのである。三時すぎこの異常な事態の連絡をうけて岡田、中西両代理人弁護士が本店に到着し、査察に立会わせるよう要求したが、正面入口を閉ざした査察官は、前記の貼紙を指さしその要求を全く無視し、「絶対に入れることはできない」と公言してはばからなかつた。このように、外部からの立入、内部から外への連絡を断ちながら査察官数名はダンボール箱を本店内に備え、数分の間に運び込み、次いで約一五〇名の制服警察官を本店内に乱入した。

営業部預金係長らが査察官に対して身分を示す証票と強制査察の許可令状の提示を求めたところ、査察官は令状らしきものをチラりと懐から出すと、直ちに懐に収めてしまい、何人の犯則嫌疑にかかる、如何なる犯則事実に関して、申立人組合本店の如何なる場所を臨検、捜索するのか、また差押をする物件が何かなど記載の内容について知ることは勿論、それがはたして有効な許可令状であるのかさえ全く不明の状態であつた。営業部預金係長は、木場査察官に対し、査察には協力するが責任者である営業部長がいないので暫く待つてもらいたいこと、及び営業部長と連絡をとりたい旨話したが、木場査察官は、連絡することを許さず、約一〇後、警視庁原宿署勤務司法警察員巡査部長新井敬、同司法巡査関登を「立会人」と定め、「開始!」という号令の下に組合の帳簿一切の差押を開始した。この頃営業部長は、正面入口において立入を要求していたが拒否されていた。査察官は、机の上にある帳簿、手形、貯金通帳など一切を手当り次第に押し込み、机の引き出しに入つている書類、手帳に至るまで鍵のかかつている引き出しはドライバー、ドリルを用いてこじ開けダンボールに詰め込んだ。また他の査察官は、本店二階の金庫の中から五年間にわたる伝票、普通預金、当座預金、定期預金元帳、貸付裏議書、債権保全に関する書類袋、手形記入帳、貸付金期日帳、担保記入帳など、全ての帳簿書類をダンボール箱の中に詰め込み、一五〇名に及ぶ警察官の人垣によつて守られながら次々に本店の外へ運び出した。申立人組合の組合員らは一万六千名を数え、その預金額ならびに取引額は巨額にのぼる。かかる社会的に重要な機能を営む金融機関の中枢である帳簿書類を驚くべきことにことごとく運び去つたのである。どれ一つ紛失しても、明日からの営業に重大な支障をきたす書類の強権力の発動による搬出に対して組合職員が正当な(国税犯則法第七条)、また最低限の要求として、査察官に帳簿、書類の差押目録の謄本を請求したが、この要求すら蹂躙された。差押目録を置いていつてくれという要求に対しては「帳簿、書類を持つていつてから作つてやる」と暴言をはき傲慢な態度をとり、全くとり合わず法律に定められた手続を無視し強行した。

あまりにも違法、不当極りない強制査察に対して、男子職員が帳簿、書類を運び去る査察官に対して抗議すると、多数の警察官が実力を振るつて部屋の隅へ連行排除し、あるいは白墨を使つて着衣の背中に印をつけたうえ、他の警察官などがそれをカラー写真で撮影するなどして被害者である職員をあたかも加害者であるかのように仕立てあげる態度をとつた。また、若い女子職員が口々に、強奪に等しい帳簿、書類の搬出に抗議すると、査察官は、帳簿で女子職員の頭を殴打し、あるいは毛髪をわし掴みにして引張り、あるいは警察官と共に足をけり、怪我を負わせ、更には押し倒すなど、暴行、傷害をはたらいた。また故意に顔の近くにカメラを近ずけ挑発し、女子職員を挑発して写真をとるなど悪らつな態度をとつた。また、査察官、警察官は帳簿、書類を搬出する一方、多数で、僅か一九名の職員に対し「公務執行の妨害をすると拳銃で撃つぞ」という公務員としてあるまじき暴言をはいて脅迫威圧を加え、さらには、「貴様らは国に帰つて組合をやれ」と公言したり等した。このような挑発と乱暴が職員に加えられるなかで、法律を完全に無視した強制査察は強行され、午後三時五〇分頃、国税局は、申立人組合の帳簿、書類等をあらいざらい持ち去つて引き上げた。

かくて、持ち去られ差押処分を受けた物件は、その後部分的に一部返還されたものの、現在なお差押えられているものは別紙物件目録記載のとおりである。

二、申立人組合の上野支店に対する差押

上野支店に対しては、右同日午後二時四七分頃から同六時頃までにわたつて強制捜索、差押が強行されたが、これに先立ち、同日午前一〇時頃、東京国税局査察官三名が「三和企業に関連した書類を見せてくれ」と訪れ、支店長が面会したが、支店長はすぐ会議に行かなければならないし、副支店長も大阪に出張しており、責任者が誰もいないから「明日の朝九時に来て調べる」ということで話がつき、査察官は「明日お願いします」といつて帰つた。ところが同支店の閉店まぎわの午後二時四七分に、査察官約五〇名が同支店の正面玄関から突如として侵入して来、そのまま何も言わずに二〇名が二階へかけあがり、残りは一階のカウンターのまわりを囲み、ダンボール箱数十個を戸口の所につみ上げた。同支店の外には約三〇〇名の機動隊が包囲し、査察官らは裏口に施錠し、正面のシヤツターはおろして出口をふさいだ。

同支店にはまだ数名の客が、一階には男四名、女八名、二階には男四名、女四名の職員が居たが、この突然の乱入にびつくりして、預金係長が何事かと問うと「取調べに来た」というだけで令状もみせず、「責任者を出してくれ、話し合いたい」と言つても査察官らはそつぽをむいて何も答えなかつた。

査察官らは、仕事をしている職員に「仕事をやめろ」、「黙れ」、「書類にさわるな」と脅かし、支店と外部との連絡を断つため、電話の送、受信を中止させ、施錠した机をドライバーで無理にこじあけ、同行した金庫専門家にロツカーを開かせ、当座元帳、預金カード、決算書類、小切手、不渡手形等無差別に押収し、特に支店長、副支店長の机からは卓上カレンダー、日誌、便せんに至るまで押収した。

組合の職員らは、「午前中に明日任意の取調べに来ると支店長と約束したはずであり、責任者が立会うから責任者が来るまで待つてほしい」、「被疑事実と関連性ある書類か否か調べるために、令状により、書類を一つ一つ確認してから押収するように」と要求したところ、午後三時半頃預金係長に令状をちらつとみせただけで、「後で目録を置いていくからさわるな」、などとどなりながら、手当りしだいに書類をダンボール箱につめこんだ。

午後四時すぎに支店長が帰り、「責任者同士で話し合い、令状と押収書類を確認するため令状をみせるよう」にと申し入れたが、査察官らは令状は「さつきみせた」、「誰かがもつている」と話し合いには応じようとしなかつた。しかし、組合側の正当な要求に、ついに小林一誠査察課長が話し合いに応じたが、この最中に、査察官は、無制限に、組合側の確認もなしに勝手に押収した書類を入れたダンボール箱を次々と外へ運び出そうとした。

組合側は、彼らが違法に執行、押収した書類を、しかも話し合いの最中にもち出すことを阻止しようとしたが、午後五時半頃二階の窓ガラスに梯子をかけ、中の数枚のビニール製のブラインドをこしかけでズタズタに壊して、機動隊三〇名位が内部に侵入してきた。査察官が仕事を完了したにも拘らず、警官はマイクで「組合に監禁されている、こうなつたら暴力ででも外へ連れ出す。抵抗するものは全て逮捕する」と挑発してド、ド、ドとカウンター、机の上に土足で上りこみ、女性の髪をわしづかみにして引つ張り、肩をこずいたり押したり、腰、腹をけり、ネクタイをしめあげ、ワイシヤツを破る等の暴行を加え、抵抗するものの背中にチヨークで印をつけ、「こんな悪い奴は後で捕えておく為にチエツクしとくんだ」とか、「こんな女は嫁に行けないぞ」とか暴言をはくなどの乱暴ろうぜきをつくした。

この結果、腰部打撲傷、両手打撲挫傷、上腹部打撲傷、両手捻挫等により五名の組合職員が負傷した。彼らはこのすきに、押収目録を置いていくとの約束も守らずに、正面シツターをジヤツキで無理に押し上げ、そこからダンボールを押し出しトラツクで運び去つた。

査察官らが去つた後の現場は、机、いす等がたおされ、カウンターの敷ガラス、ブラインド、机の鍵、正面シヤツター等の数十点が破壊され、伝票がとびちり、足のふみ場もない程の状態であつた。

第三、被申立人の本件差押処分は次の理由により明らかに違法な行為であつて、無効ないし取消さるべきものである。

一、被申立人の本件処分は法律に根拠を有しない処分であつて違法たるを免がれない。

国税犯則取締法(以下法と略称する)第二条第一項は、「収税官吏ハ犯則事件ヲ調査スル為必要アルトキハ……裁判官ノ許可ヲ得テ臨検、捜索又ハ差押ヲ為スコトヲ得」と定めているが、これは規定の体裁、立法趣旨から考えると犯則嫌疑者に対する強制査察の規定であつて、第三者に対する強制査察、就中、第三者の所持する「犯則ニ供シタル物件若ハ犯則ニ因リ得タル物件」(同法第三条参照)以外の物件に対する差押を容認するものでは決してない。即ち、同法は、国税犯則者自身に対する強制査察に限つて認めうるものであるから、明らかに犯則嫌疑者でもなければその他税法違反の調査対象として追求をうけているのでもない全くの第三者、せいぜい参考人にすぎない申立人組合に対して、法第二条にもとづく強制査察を行うことは、法的根拠なくして、人の権利を侵害するもので、違法無効という外ない。このような臨検、捜索、差押の処分を可能にした東京簡易裁判所裁判官の許可処分自体、右の理由により違法であり取消を免れないものであり、これにもとづく本件処分も亦取消を免れないというべきである。

二、法律の解釈、適用の誤りによる違法

同法第二条第一項は「犯則事件ヲ調査スル為必要アルトキ」は、「其ノ理由ヲ明示シテ」(第三項)許可を求めるべきものとしている。この法意は、強制査察が許されるのは、犯則の事実が明らかであること、それと同時に強制査察をしなければならない充分の必要性のあることを要件とするものである。従つて、犯則嫌疑者に対する場合は勿論のこと、第三者に対する強制査察が許されると仮定した場合における第三者に対する強制査察の必要性はなお一層充分の吟味検討を得た上で慎重に決定されるべきである。

例えば、第三者が正当な理由が全くないのに条理上当然に必要な調査を頭から拒否する態度に出たような場合にはじめて強制査察の必要性が出てくるわけである。

ところで、本件においては、申立人組合が犯則嫌疑者の立場にないものであることは全く明らかである。

偶々、申立人組合の取引先が脱税の嫌疑をかけられたものにすぎず、申立人組合は業務の一環として偶々嫌疑をかけられたものから預金を受け入れたり、金銭の貸付けを行つていただけのことにすぎない。申立人組合自身が犯則事件に何等かかわり合いをもつていないことは勿論のこと、「犯則ニ供シタル物件若ハ犯則ニ因リ得タル物件」(法第三条)を預かつたり所持したりしていたという関係に立つものでも全くない。しかも、前述のとおり、被申立人は、本件査察に先立ち、同日の午前一〇時頃、四、五名の税務査察官を組合本店及び上野支店に派遣し、三和企業の脱税容疑につき協力を求めたが、申立人組合は、被申立人の調査協力の申入れに同意し、任意調査に積極的に協力する態度をとつていたのであつた。ただ、その際は責任者がいないので翌日朝行うととり決められていたのであり、しかも、本店では三和企業とは取引がない旨告げ了承してもらつていた位である。しかも、申立人組合は、従来何年間にもわたつて、被申立人の調査要請にできる限りの努力と協力を惜しまないで、また従来の慣行と実績があり、その件数も昭和四一年六月以降だけでも二五件にのぼつているのである。申立人に対する「強制査察」がどう考えてみても、全くその必要性を欠いていたことはこの一点をもつてして明らかであつた。然かるに、被申立人は、どのような理由をつけてか裁判官から「許可」を得たと称して、数百人の武装警官を動員し、閉店間際の最も繁忙の時を狙つて大量の査察官を大挙出動させ何等落度のない申立人組合に理不尽極まる捜索を行い、特に、あらいざらい、味噌もくそも一緒に、というやり方で営業用の帳簿、書類の一切を持ち去つてしまつたのであるが、これは、まさに、ありもしない「必要性」なるものを適当につくり上げて担当裁判官を欺罔し、もつて「許可状」を入手したものとしか考えられない、暴挙である。担当裁判官の許可処分も、前記の法第二条による「必要性」に拘束せられるものと解すべきであるから、右裁判官の許可処分自体法の適用を誤つたもので取消さるべきものであり、この違法な許可状に基いて行われたところの善意の第三者に対するしかも信用を第一とする金融機関に対するこれほど非道極まりない強制査察行為は史上前例をみない。その違法、不当性は誠に明白であつて無効乃至取消さるべき行為と言わなければならない。

三、国税犯則取締法の諸手続違反並びに憲法三一条、三五条違反による違法。

被申立人の本件差押処分は、前述の如き驚くべき臨検、捜索、押収、差押の一連の手続の一環として行われたもので全体として不可分一体の違法執行手続体系を構成しているものであるが、この手続は左記に述べるように全ゆる点において前例のないほど自から定めた国税犯則取締法の諸手続をすら乱暴にじゆうりんしてなされた行為であつて、同法違反ひいては日本国憲法に違反する違法行為と言わなければならない。

(1) 本件査察は、許可令状を事実上呈示せず、かつ法第六条第一項の立会権を全く拒否したまま行われている。即ち査察される申立人としては、犯則被疑者、犯則事実、並びに臨検場所、差押物件等を知る権利をもつことは、法治主義国家のもとで令状主義の建前をとる以上当り前のことであり、憲法第三五条の類推適用からも根拠づけられる。然かるに、本件査察では、申立人組合側の強い要求に対しても令状を見せず、最後にようやく一べつさせた程度にすぎなかつた。申立人組合において、その内容は全く知る由もなかつたのである。その上、申立人組合の責任者や、代理人弁護士が立会のため店舗内に立入ることを実力で妨害し、警察官を「立会人」にして結局一方当事者である申立人組合の立会いをさせないままで強行したものである。法第六条の「収税官吏捜索ヲ為ストキハ………所有者、管理者………ニシテ成年ニ達シタル者ヲ立会ハシムベシ」の規定をあからさまにじゆうりんしたやり方であつて、手続上違法であることは明らかである。

(2) 法第四条は「収税官吏ハ其ノ身分ヲ証明スヘキ証票ヲ携帯スヘシ」と定め、強制査察をなさんとするものの身分と権限責任の所在を相手方に知らしめ、もつて相手方を保護すべきものとしている。ところが、本件においては、査察官達は、身分証明書の呈示を求めても一笑に付し、本来責任態度をもつて行う場合には到底とり得ない様な暴力的やり方で強制査察を強行したのであり、この点からも重大な手続違反のあることは明白である。

(3) 法第七条第一項に基づく領置目録謄本交付義務違反

申立人組合は、査察官の領置手続終了後直ちに領置物件の目録の謄本を請求したが、被申立人は「この場ではさわがしい。国税局で作成交付する」と言い逃れ、申立人の法に基づく正当な要求を拒絶した。これは法第七条第一項「収税官吏・・・ヲ差押ヘタルトキ又ハ領置シタルトキハ其の差押目録又ハ領置目録ヲ作ルヘシ但シ所有者又ハ所持者ハ其ノ差押目録又ハ領置目録ノ謄本ヲ請求スルコトヲ得」の規定に違反すること明らかである。

目録は、正当な手続を保障すると共に、押収された者にその物件を明示して、後日の紛争、紛失を防ぐためのものである。従つて、条文の当然な解釈によれば、将に領置したその場で当事者立会のもとで目録と持去る物件とを対照させて行うところに意味があるのである。しかるに、被申立人はこれを無視して手当り次第にダンボールに詰め込んで持去つてしまい、申立人組合としては何が幾つ持去られたか皆目見当のつかない状況であり、「法の手続」として持去られたものとは到底言い難く、あたかも強奪された如き感じがあつた。その後、被申立人に対する再三の強い抗議と目録交付要請がなされた末、ようやく翌一四日交付したにすぎない。従つて、右交付された目録が持去つた物件を全部網羅したものかどうか不明という有様なのである。この点においても、重大な手続違反があることは明白である。

(4) 査察官及び警察官の組合職員に対する暴行と組合店舗に対する破壊は、将にギヤングの「殴込み」ともなぞらえるべき状況であつた。暴行による申立人職員の受傷被害は、本店で五名、上野支店で六名にのぼり、しかもその半数以上は女子職員である。将に法の名のもとで、申立人信用組合に対する威力業務妨害、信用毀損、暴行傷害、侮辱、職権乱用等数々の無法行為が公然と行なわれたのである。その上、ウインド、ブラインドを引きちぎり、シヤツターを壊わし、金庫を損壊し、職員の私的な机の引出をこじあける等の器物損壊が行われ、将に考えられる限りの「実力行使」が行われた。被申立人の本件行為は誠に前例のない蛮行であつて社会の平安を破る秩序破壊的行為として指弾されなければならない。かかる態様の査察は差押処分そのものを違法ならしめるものと考える。

(5) 犯則嫌疑事件として全く無関係の多数物件に対する差押は許可令状の範囲を完全に逸脱した違法処分である。

被申立人は、本件各処分により、合計一千点以上に達する帳簿、書類等の差押えを行つたが、その大半は(九〇%近くと推定される)、被申立人が査察の理由として主張する犯則嫌疑事件とは無関係な物件である。即ち、別紙差押物件目録記載の物件のうち、Aと記号されたものは嫌疑事件とは全く無関係の文書であり、Bと記号されたものは各帳簿の極一部に僅か関係箇所があるかと推測されるだけで、大判を占めるそれ以外の部分は全く関係のないものであり、いずれも差押許可の対象外の物件なのである。(差押えられているので、現物を精査することができないから、推測の域を出ない。現物にあたれば無関係物は一層拡大するであろう)これらの物件に対する差押は必要性の有無を論ずるまでもなく違法処分であることは明らかである。Cと記号されたものは犯則嫌疑者の取引等に関係するかとみられるものであるが、前述のとおり申立人店舗に存置したままで申立人の協力の下に写しをとるなり必要な措置の講じ得るものであり、被申立人が是が非でも現実に占有してその支配下においてしまわなければならないものではない。

(6) 本件処分は、不純な政治的動機に基づき、もつぱら申立人組合の信用失墜を狙いその業務を妨害する目的のもとに行われたものであつて、正義と基本的人権尊重の原則に反する違法な行為である。

申立人組合は、管轄官庁の認可を得て設立、運営されてきた合法的な金融機関であつて、かかる金融機関に対しかくの如く大規模な強制査察の行われた例は未だ存しない。しかも、年末最も業務繁忙の一二月に、まだ営業時間内である二時五〇分頃(この時間は銀行業務は手形取引等最も多忙な時間である)、大量の査察官と警察官と投入してきたのである。当時、店内にはまだ多数の顧客がいた。このような状況のもとにおける武装警官を大動員しての査察は申立人組合それ自体に何らかの不正行為があつたものとの印象を顧客ならびに一般人に与えることはさけがたい。しかも最も忙がしく又業務処理の正確、迅速を要する時点におけるかかるやり方は、明らかに申立人組合の信用の失墜と業務遂行の妨害を目的としているものと言わざるを得ない。

今回の申立人組合の本、支店に対する一連の大規模な捜索、差押え=「強制査察」は、被申立人が弁明しているような、取引先の在日朝鮮商工人の脱税調査を真の目的として行なわれたのではなく、実は脱税調査に名を借り、それを口実として、在日朝鮮人の民族的金融機関の中枢である同和信用組合の破壊を直接の狙いとして強行されたものである。

大量の警官に護衛された査察官は組合本店、及び上野支店になだれこむや、組合職員を排除しながら、机上及び金庫中の書類、帳簿を手当り無差別に押収の上、用意してきたダンボールに投げ込み、その数は本店、上野支店あわせて五、六十箱に及んでいる。わずか数名の犯則嫌疑者に対してかかる大量の書類、帳簿を押収する必要性がどこにあろうか。このことからも国税局のねらいが奈辺にあるかは、先にも述べたとおり、判然とするであろう。しかもその上、当日の手形交換にかかる必要のある手形、小切手まで押収し去つている。

もし交換に間に合ねば組合の信用は失墜するどころか、全く無関係な領金者にも迷惑を及ぼし或いは倒産者が出るかも知れないのである。預金者の保護には日頃から充分考慮しているはずの大蔵省がかかる暴挙をあえてなしたことは、その偽善性をここにおいても暴露しているといわざるを得ない。

そのことは、国税当局によつて加えられた強行査察の狂暴な実態、査察の強行を合理化させた「税務調査拒否」という事実の不存在、在日朝鮮人の中枢的金融機関としての同和信用組合の意義と役割、「日韓条約」以後の政治情勢、とくに日本政府の朝鮮民主主義人民共和国敵視政策とその反映としての在日朝鮮人の民族的諸権利への系統的な抑圧政策との関連においてみるならば、事態はきわめて明白であるといえよう。

第一、に、強行された査察は既に前述したように、(イ)捜索・差押令状で特定された物件、書類以外の、すなわち嫌疑事実とは全く無関係な日常の金融業務全般にわたる一切の帳簿文書類を押収し、(ロ)捜索官憲は権限ある身分証明を開示せず、(ハ)令状も示さず、(ニ)組合関係者の立会も拒否し、(ホ)押収物件について目録も交付しない、という国税犯則取締法規さえも公然とふみにじつた違法な執行を行つた。そればかりでなく、整然と不当な査察に抗議する組合職員らに対し、官憲は民族的侮べつと排外的言動をもつて公然と中傷、誹謗を加え、暴行に及び、施設や物件を著しく損壊するなど野ばんきわまる暴虐行為を行なつた。しかも、これらは事前の抵抗を排除するという名目で、実際には適法な調査では妨害の事実やそのおそれもないのに警察機動隊を大規模に配置し、これらの官製暴力団の援護のもとに、不法な査察を実施したのである。これらのいわば、銀行ギヤングの白昼襲撃にもひとしい実態が、きわめて異常な政治的志向をもつて展開されたことは、なにびとの目にも明らかであろう。

第二、に、国税当局のいう、組合が税務調査を拒否していたから、査察を強行したという点は虚構も甚しい。

問題となつている組合との取引先業者にかんする国税当局の税務調査については、組合は、正しくこれに対処して、既に完了しており、また組合が従来、税務調査を拒否したという事実は全く虚偽仮空の創作で不当ないいがかりである。

第三、に、同和信用組合を中枢とする在日朝鮮人の民族的金融機関は、日本政府の永年にわたる民族的差別政策により、在日朝鮮人商工業者が日本の金融機関から正常に融資をうけられない状況下で、これらの業者に融資を与えて、生活と営業の安定に寄与するために設けられた公共的金融機関である。それは在日朝鮮人の多年にわたる労苦の結唱である。

同和信用組合が、在日朝鮮人の民族的、公共的機関として、果している役割はまことに大きい。それは在日朝鮮人多数の営業と生活の経済的血液であり動脈である。国税当局の強制査察は、この血液をせきとめ、動脈を切断しようとする黒い陰謀にみちあふれている。そして、今回の査察にみられるような営業全般にわたる帳簿、文書の「強奪」は政府による金融機関の事実上の「接収」であり、営業の停止をも招くものである。政府の弾圧の狙いと効果は実にこの点にむけられている。そればかりか、権力は「強奪」した帳簿や書類を武器に預金者や取引先、顧客の営業収支を探知して新たな税弾圧のいとぐちに利用しようとしている。このような権力のフアツシヨ的暴挙は断じてゆるされてはならない。

ちなみに「日韓条約」以後、国税当局による在日朝鮮商工人への「査察」や「特別調査」は全国的に激増の一途をたどり、狂暴な刑事、行政弾圧を受けている事例は既に二十件余を数えている。「査察」や「特別調査」の対象とされない在日朝鮮商工人に対しては、従前の税務調査の慣例や申告手続上の便宜的扱いをいつきよに排除して、税務法規の機械的苛酷な適用を強化し、更生決定処分を、乱発して重税を押しつけるなど、在日朝鮮商工人への意識的な税収奪は苛烈をきわめている。これらは一方において、「日韓条約」により日本が「韓国」に供与する有償、無償五億ドル「経済協力資金」の供給源を在日朝鮮商工人に求め、そのためことさら、非人道的に苛酷な弾圧を通じて収奪をつよめると共に、他方、在日朝鮮商工人―その生活と営業を支えている民族的金融機関と、在日朝鮮人の民族的団結の組織である朝鮮総連―に経済的打撃を与えて、その強固な団結の経済的、政治的基盤を崩壊させようとする凶悪な政治的意図があることを指摘しなければならない。

このような情勢の中で、今回在日朝鮮人の民族的、公共的金融機関に加えられた日本政府の公然たる破壊活動は、一九四九年、朝鮮戦争の前夜に加えられたあの凶暴な一連の弾圧の序曲を想起させるものがある。

「強制査察」は明らかに在日朝鮮人と民族的諸機関に対する制治的弾圧であり、在日朝鮮人に対する民族的迫害と抑圧政策が新しい重大な段階にさしかかつていることを示している。

第四、執行停止の緊急必要性

本件差押処分の効力を停止する緊急の必要性があることは特に論及するまでもないと思う。申立人組合は、昭和四二年一二月二五日、東京地方裁判所に対し、東京簡易裁判所裁判官蜂谷明の本件差押にかかる許可処分の取消、東京国税局長、同収税官吏(本件被申立人)のなした本件各差押処分の取消をそれぞれ求めて訴を提起した。

金融機関が十二月にどのように繁忙であるかは公知の事実であろう。年末資金の貸出し、殺到する手形、小切手の処理手続、債権回収等々で忙殺される状態は月末が迫るに従つて激しくなつてゆき、金融機関は全職員。全組織、全設備を動員して業務処理に当らなければならない。この時点に、ほとんど全部ともいうべき帳簿、書類を持去られては業務遂行は全く不可能の状態に陥いる。現に、申立人信用組合は業務停廃の瀬戸際に追い込まれているのであつて、一日でも又一時間でも早く差押書類が戻ることを切端つまつた気持で待望んでいる。前記提起せる本案訴訟の判決が勝訴しても回復しがたい重大な損害を受けることその緊急必要性は全く明らかである。

以上の次第であるので、一刻も早く本件差押処分の効力を停止され度く本申請に及んだ次第である。

疎明方法〈省略〉

別紙(二)

本件差押処分並びに差押に係る物件が返還されないでいることによる損害の具体的内容は大略左記のとおりである(詳細は、追加提出の疎明方法―供述調書等を参照され度い)。

第一、日常の銀行業務の遂行そのものが不可能となつていること。

一、銀行業務は、大別すると預金、貸出に分れ、内部的には出納、預金、貸付、渉外、庶務計算に分れているが、それぞれの係は独立したものではなく、全てが緊密な連携作業で不可分一体のものとして機能しており、一つの係が停滞するだけでもその影響は直ちに他の係全体に波及し銀行全体の業務が停滞するという性格をもつている。

例えば、貸付係で手形割引をすると、その伝票は貸付係の帳簿に記入された後、預金係において預金元帳に記載され、その預金の払戻は預金係の記帳後出納係からなされ、その伝票は最終的に計算係で集計することになり、強度の連携作業となつている。

金融機関の業務上最大の注意をもつてなされるのは計算の一銭一厘の違いも生じない厳格な正確性であり、これが銀行業務の信用の基礎となつている。そしてこの正確性は、全て伝票、帳簿等の記票、記帳によつて担保されており、銀行業務上伝票、帳簿を抜きにして業務遂行を考えることは本来不可能である。

更に又、銀行の業務計画は全体として強い結合関係にあり、例えば預金増強計画にあわせて資金貸出計画がつくられ、その一方の頓座は必ず他方に決定的影響を与える。特に、年末目標の預金増強計画が予定どおり遂行できないと、年末増大する年末融資計画が根本的に崩れ去り、融資を予定して企業計画を建てゝいる組合員がひどい時は倒産に追い込まれ、又、そこまでいかない場合でも融資を約束どおり履行できない金融機関から預金を払戻して他銀行に振替えてしまう等、預金の増大はおろかその減少を惹起し、そのが又融資に悪影響を与えるという悪循環を起すことになる。

そして年末の金融機関の著しい繁忙さである。あらゆる企業が年末に一区切りつけるため、支払、取立が増大しその結果金融機関は、年末資金の貸出し、年末決済手形、小切手の殺倒、債権回収の業務が著しく多く、一年中で最も繁忙ないわば金融機関にとつては決戦場とも云うべき時期である。全職員を総動員しても業務処理におわれ深夜迄残業して処理するのが通常である。

右の如き金融業務の実情をみるだけで、十二月十三日に一切の帳簿書類が持去られたことが組合業務遂行に与えた破壊的打撃であることは、一目瞭然であり、「同和信用組合がつぶれる」ととり沙汰されるに至るほど組合の存立自体が今や危機にひんしているのである。

二、各係別の具体的状況を概略説明すると次のとおりである。

(1) 出納係 〈1〉十三日以降の現金の有高が正確にでない(現金収支有高表、支払帳等)〈2〉手形交換の明細が不明である(持出手形記入帳、交換関係書類綴、交換支払手形内訳表等)〈3〉他金融機関への取立委任手形の明細が不明(代金取立手形記入帳、代手振込帳等)〈4〉当日以降の現金保有―資金繰り―の予定がつかない。金融機関においては現金の保有を必要最少限度におさえることが金利上絶対的に要求されるのである(預金取引の解約並びに払戻しが殺倒しているため)。

(2) 預金係 〈1〉当日以降の預金残額が確認できない(普通預金元帳、繰越元帳、金剛積立貯金、定期積立預金、通知預金各元帳等)。〈2〉各取引先のそれぞれの預金残高が全く不明となる。これは、各取引先にとつて今後の資金計画が不可能となつた。かつ又、元帳などの帳簿が押収されたため預金の秘密性の担保がなくなり、それぞれの各取引先の全てが査察を受けた状態となつた。〈3〉手形、小切手の流通が阻害され、組合及びその取引先に対する信用が保持できなくなつた。例えば、当信用組合を支払場所とする手形、小切手に対する信用がうすれている。例えば、手形交換所に対して組合に対する信用紹介の続出があり、これは組合が脱税の疑いがあるという一般の受取り方のためである。〈4〉預金残高の確認ができないため手形小切手の決済ができない。〈5〉取引先の確認、及びその照会が不可能となつている。〈6〉預金の入金、支払が通常よりはるかに時間がかかつている(元帳がないため)。〈7〉元帳に対する記帳事務が不可能。〈8〉顧客の預貯金の入金、出金の経過が全く不明。〈9〉顧客に当然渡さなければならない預金通帳などの証書類がその手に渡せない。〈10〉顧客との約束事項例えば集金日時場所等が不明となり履行できない。〈11〉預金の支払伝票がないので、預金残高が不明となり、不渡などのおそれが多い。〈12〉印鑑の脱落等の整理(不備事項)ができない。

(3) 貸付係 〈1〉貸付残高が不明(貸付元帳等)。〈2〉貸付計画が全く不可能となつている。信用失墜による預金増強計画が頓座したため、資金繰りが困難となり融資をあてにしていた取引先に倒産事態が数件発生している。〈3〉貸付金の回収困難(手形貸付金期日帳、割引手形期日帳、不渡手形控帳、禀議書等の押収により期日が不明となり、そのため債権の保全が不能、遅滞を来し、組合の存立自体に重大な打撃を受けている)。〈4〉特に年末のため取引の決済が多く行われそのための資金需要を満し得ない状況になつている。〈5〉貸付金領収書がないので、貸付金の授受が不明。〈6〉不渡返還ができない。

(4) 渉外係 〈1〉集金業務が停止状態(集金カード、週間掛金日報綴、渉外活動成果報告書綴等)。〈2〉集金に対して入金拒否のケースが増加。

(5) 庶務計算係 この係は毎日の取引の一切を伝票により集計する係であり、その集計に基づきでてきた数字が各係の基礎的数字となり、それに対する各係の残高照合が可能となるが、伝票、帳簿等の押収によりそれが全く不可能となり、銀行業務の正確性が担保されなくなつた。その結果、日締め、月締め、分期別統計を正確に作成し貸借関係の計算を正確にすることによつて毎日の業務のとどこおりない進行ができるところ、十三日以降これが全てストツプしてしまつた。十二月は、特に、第三、四半期に当るため日締め、月締め、月締めの他分期別の統計をつくり、行政上の指導機関たる東京都に報告する義務があるが、これが履行できず、信用組合の認可取消問題も起りかねない状況である。又、同様の報告書を東京都信用組合協会へ提出し、協会は各組合の経理状況を把握して資金援助等するところ、これができなくなつてしまつた。

右の如き重大な金融機関としては将にこれ以上最悪の事態は考えられない業務遂行上の損害を蒙つており、これは押収されている限り継続し拡大再生産され、恐らく申立人組合は存立できない事態に追い込まれる。既に発生した損害は極めて多大なものがあるが、現在差押物件が速やかに返還されるなら少くとも今後の損害をくいとめ、組合職員の決死的作業によつて何とか業務遂行を旧に復することも可能であり、それは一刻を争う問題である。

第二、秘密保持の責任が果せないことによる信用の著しい破懐。

銀行の信用性の重要な柱として顧客の秘密保持がある。金融機関は大手銀行から中小銀行に至る迄、顧客の秘密―預金額、融資額、資金計画、手形取引状況等―を守ることに最大の注意を払つており、大蔵省もこの秘密保持の原則が銀行業務に不可欠のものであり、そうしてこそ顧客が安心して銀行取引ができ、ひいては金融日付の安定が担保されると考えている。銀行に対する一般的査察―特定個人の脱税事件の調査のための照会、協力要請でなく不特定多数人の取引状況についての照会、協力要請が認められていないことはこうした原則に基づくものである。

本件の如く、全く無関係な書類が持去られたことが顧客に与えた不安感は誠に予想し得ないほど激しいものがある。全く無関係な取引組合員の関係帳簿が国税庁に握られてしまつた結果、同和信用組合の取引者全員に対する査察が行われたと全く同じ状態になり―当局の真の狙いがそこにあり、在日朝鮮人の民族的金融機関である同和信用の全取引者を取調べ今後の税務攻勢の資料を作りあげると共に、同和信用への不信感をつくりあげ金融機関として存続させない事態をつくり出し、同和信用の倒壊により、在日朝鮮人商工業者への唯一の金融機関をつぶすことによつて商工業者の資金融資の道を閉ざし、結局在日朝鮮人商工業者の生活と経営を一挙に叩きつぶさんが為めに非極めて巧みに仕組まれた弾圧事件を本質とするものであることは今日全く明日である。かかる政治的―しかも不純な政治的道具そして「査察」なるものが行われたのが本件であり、国犯法の規定と裁判官の令状は、こうした政治的弾圧を「合法化」する口実にしかすぎない。かゝる暴挙が許されないことは全く明らかなことであつて、「法治国家」としての日本においてかゝることが公然と行われるに至つたことは誠に恐ろしい事柄と云わなければならない。

最近五年間の全ての書類が持去られたため、組合員からの自己の預金の秘密が守られなかつたことによる預金払出しの申込みが、本、支店に殺到している状況である。預金増強計画はおろか、払出しによる預金者への支払準備金にも困窮する状態にまで至つており、又、年末の融資も履行できず、その為めに当てにしていた融資が得られずに倒産する例が具体的に発生しており、この点からの組合の信用の一層の下落も甚だしいものがある。

今回の如き大規模な警官隊の乱入そのもので預金者は銀行への不安をもち解約申入れが行われている上に、一切の(預金者全員の)帳簿、書類が押収され、まだ戻つて来ないという事態の継続が、業務遂行上の前述の如き重大な支障とあいまつて顧客の不安を一層あおり、払出しが激増し、一種の取付け騒ぎに近い状態になつてきているのである。組合員の個別的な説得をしても、帳簿、書類が戻つていない、という事が顧客への説得を不可能にしている。

こゝで、特に指摘しておきたい点は、国税局は、押収していつた一切の帳簿、書類をノート、メモに至る迄、嫌疑事件と全く無関係であるにも拘らず、二五〇名職員を深夜まで動員し、四台のゼロツクス機をフル回転して連日複写し続けているのである。

これは国税庁職員が自認している。かくては、原本と十分かわらぬ帳簿、書類、一切が国税局に備えつけられたということと同じであつて、原本が返還されてもこの複写部分が返還されない限りは秘密保持の責任は果せない。元来、所有者の業務上の秘密事項にかゝわる帳簿、書類を了解なしにかゝる複写を作成することが違法な行為であることは疑う余地がない。少くとも犯則嫌疑者関係に限定されるべきが当然である。かゝる複写したものは、被申立人の手中に存置されるべき何等の法的根拠もなく、これは、強制査察の一貫をなす行為であつて、原本と寸分かわらぬ複写の作成という事の性質上、これは差押中の原本の化体した一種の果実とも評価すべきものであつて、差押物件と一体をなすものとして、差押の効力が停止されるときは当然差押物の果実として共に返還されて然かるべきものである。

以上のとおり、差押の効力を緊急に停止しないと申立人には回復し難い重大な損害が現に発生しつゝあり今後も発生することは明らかであり、又、差押物(複写部分がこれに包含されるべきものであることは前記のとおりである)が速やかに返還されることによつて損害の今後の発生をくいとめ、損害を最少限度に押えることが可能なので、停止方申請した次第である。

別紙(三)

たとえ差押えた物件を申立人らに返還しても本件の如き特殊な物件につき、それと同一の写しをゼロツクス等によつて作成し、これらをなお被申立人において保管している場合には、差押え処分は引き続き存続しているものと同視すべきである。

(一) 被申立人は本件物件を差押えた本年一二月一三日以来、全物件につき四台のゼロツクスを動員してその完全な写しを作成しこれらを保管していることは既述のとおりである。

被申立人は一部物件を返還するにあたり、被申立人らに保管されている写しが返還された物件と同一であることを認める旨の文書を申立人から徴している。

つまり、被申立人は申立人の帳簿一式の完全な写しを本件一部物件の返還にも拘らず保管しているのである。

(二) 差押えにもその目的被差押物件の特殊性により、さまざまな態様がある。

例えば、特定の商品の品質を調べたりあるいは、その同一性を確認する為に差押えが行われた場合にはそれら物件の返還により差押え処分が完了したものと解してもよいだろう。

さらに特定商品の保有が委託販売であるのが、自家商品であるのか調べる為に差押えが行われた場合にも物件の返還により差押え処分は完了したとみてよいだろう。

しかし、本件の場合には全くその様子を異にする。帳簿の返還により帳簿の所有権は申立人に再び帰したものといえよう。

しかしながら、もともと帳簿について最大の問題はその帳簿の所有権自体にあるのではない。帳簿に記載された全ての数字のもつ意味が申立人の現実の掌握のもとにあることにより、それが秘隠された点にあるのである。

本件差押えの最大の特色はこの信用=秘密を破つた点にある。

(三) 被申立人は本件物件の原本よりも立派な写しをその手元に保有することによつて原本の返還にも拘らずこの違法な差押えの効力をそのまま持続させているのである。

申立人が求めている差押え処分の効力の停止とは差押え処分の効力それ自体が存続しない状態におくことである。本件差押えの効力は被申立人における写しの保有によりなお存続しているのである。

(四) 最近における騰写技術の発達はめざましい。法律の解釈もまたゼロツクスの出現と歩調をあわさなければいけない。

どんなに大部な帳簿でも一夜にしてその完全な写しを手に入れることができる。

違法な差押えにより被申立人が差押えた帳簿につき即座にその写しを作成して納税者にその原本を返還することにより当該差押え処分が完了したとするならば納税者にとつて司法上の救済は全く画餠にきすることになる。

つまり被申立人は違法な差押えにより帳簿内容を窃取することが許され、反面納税者にはこの違法な侵害から自己の権利を守る手だてはないことになる。

別紙(四)

意見書

意見の趣旨

本件申請を却下する

との裁判を求める。

意見の理由

一、申立人の申請書の申請の理由第一項について

申立人同和信用組合が、中小企業等協同組合法に基づいて設立された信用組合であつて、申請書記載の申立人の肩書住所地に本店を、また都内の数ケ所に支店を有する法人であることは認めるが、その余の事実は不知。

二、同第二項について

昭和四二年一二月一三日に、犯則けん疑者李五達、同方元俊および同金手珍に対する所得税法違反けん疑事件ならびに犯則けん疑者三和企業有限会社および同松本祐商事株式会社に対する法人税法違反けん疑事件について、東京簡易裁判所裁判官蜂谷明が昭和四二年一二月一二日に発付した許可状に基づいて、被申立人東京国税局収税吏木場初が申立人組合の本店において臨検、捜索を行ない申立人の疎乙第一号証の差押目録(一)の各物件を差押え、同小林一誠が同組合の上野支店において臨検、捜索を行ない、疎乙第三号証の一乃至四の差押目録(二)記載の各物件を差押えたことは認めるが、被申立人東京国税局長志場喜徳郎は右臨検、捜索および、差押には、関係がなく、臨検、捜索ならびに差押、これ等の状況は大要次のとおりであり、この点に関する申立人の主張には事実に反する部分が極めて多い。

1、東京国税局ではかねてから申請外李五達(昭和三九、四〇、四一年分)、同方元俊(昭和三八、三九、四〇年分)および金手珍(同)の所得税ならびに三和企業有限会社(昭和三九年一〇月から同四二年九月までの三事業年度)および松本祐商事株式会社(昭和三八年一〇月から同四一年九月までの三事業年度)の法人税の申告が過少であるとの疑いを抱き調査を進めていたが、その過程においてそれらの者の資産や収支の状況をあきらかにするため、それらの者と申立人組合との預金や借り入れ金等の取引の状況(架空名義を用いてなされたと認められるものを含む)を調査する必要が生じ、同国税局の調査担当者らは再三、再四にわたり申立人組合に関係の帳簿書類等の呈示を求めた。しかるに、申立人組合では種々の口実を設けて、右申入れに応じようともしなかつた。

2、そこで、東京国税局では前記李五達外四名に対する犯則嫌疑をあきらかにするためには、国税犯則取締法に基づく強制調査もやむをえないとの判断に到達し、昭和四二年一二月一二日に東京簡易裁判所に対し、申立人組合の本店および上野支店の店舗、事務所、金庫室、倉庫ならびにその附属建物において、臨検、捜索を行ない右嫌疑事件の事実を証明するに足ると認められる営業ならびに経理に関する帳簿書類、往復文書、メモ、預貯金通帳、同証書、有価証券および印鑑等の物件を差押えるべきことの許可状の交付を請求し、同日請求どおりの許可状の交付を受け、翌一三日に申立人組合の本店には収税官吏木場初を、また同上野支店には小林一誠をそれぞれ統括者として巡遣し、臨検捜索ならびに差押えをなさしめたものである。

3、強制調査の情況

東京国税局収税官吏が申立人組合の本店ならびに同組合の上野支店において、臨検、捜索および差押の強制調査を行なつた状況はつぎのとおりである。

A、組合の本店における強制調査の状況について

東京国税局収税官吏木場初ほか七七名は昭和四二年一二月一三日一四時五〇分頃組合の本店の玄開入口から入り、階段を昇つて二階営業部の部屋に入り営業部長および次長も不在であつたため、次長席前に立つていた三四~五才のやせ型の背の高い男(同店に居合せた職員一七~八名中の上席者と思料された。)に近づくと同人も木場査察官に近より「なんだ」と語気荒荒しく詰問した。木場査察官は、この男に身分証明書を示し、「三和企業有限会社、李五達および方元俊の犯則調査に関し、本店の臨検、捜索、差押の目的で来た」旨を告げ、三和企業有限会社ほか一連の令状を示して令状の内容、臨検、捜索場所などについて説明したが、令状をのぞくとそつぽを向いて調査拒否の態度に出た。

この時奥の方から、背が低くかつぷく(恰幅)のよい四五~六才ぐらいの男が現われ、次長席に立ち、大声で前の男と同様収税官吏をなじりはじめた。木場査察官は、国税犯則取締法第九条により立入禁止を行なつているので関係者以外は調査を妨げないよう注意すると「関係がある」と更に語気を荒ららげて近付いた。

木場査察官は、そこで再度その者にも身分証明書を示し三和企業有限会社などの令状を示して臨検、捜索、差押の趣旨を説き、立会を求めたところ「責任者ではないから立会わない、なにを……」といきまいて同査察官の胸ぐらをとつてコヅク暴行をはたらいた。

木場査察官はやむを得ず一五時頃警察官を立会人に依頼するよう杉山査察官に連絡、制服の警察官二名を立会人とし、右立会人に身分証明書および前記一連の令状を示して強制調査を着手したが前記の組合職員のほか五~六人の青年が同査察官につめより暴言を浴せ、立会の警察官にも身体を押しつけて排斥するなど立会を妨害するにいたつた。

これらの行動と軌を一にするかのように二階の奥の扉を破つて乱入した一団の者は、「令状は誰に示したのだ、誰も見ていないではないか、警官までいるとはなにごとだ」と大声で呼びながら捜索中の査察官を押しだし、なぐり、はらいのけるなどの乱暴をなしつつ「責任者は誰だ俺は営業部長だ」「総務部副部長だ」と呼んでいる者がいるので木場査察官は、暴行の制止を要求しながらも令状も示して、円満な強制調査に移行する努力を払つたが制止に応ずる気配は全くなく口口にわきちらして乱暴狼籍を繰り返えした。

一方本店の職員一同もいきり立ち口口に罵りながら調査中の査察官に殺到し腕をつかんだり押えたり机の引出や、机上の帳簿を押えたりして調査の妨害を始めた。本店内は収拾のつかない状態となつた、折しも奥の入口附近からは約一〇名の集団が出入禁止の貼紙を破つて捜索現場に乱入し、職務執行中の査察官に対し、行員と合同して共になぐるけるの暴行を行なうとともに罵詈雑言をわめき散らしながら縦横に捜索妨害をほしいままにするようにいたつた。

十五時二五分頃再び奥の入口の扉を破り筋骨たくましい男子を主体とする四〇名位の男女が乱入し査察官の腕を引つぱるなぐる、かじりつく、煙草の火を顔に押しつける、首をしめる、襟元をひつたくる、腕を払いのける、通路をふさぐ等の暴力行為に出づるほか身を出して机の引出やロツカーの扉を押え、選別した差押物件を奪取してこれを撒き散らす等実力で調査を妨害し、捜索および差押は到底継続できない状態におちいり、木場査察官は、営業部長または総務部副部長らの一群に取り囲まれ胸などをこづかれ、外部に連れ出されそうになつたので一五時二五分頃警察官の出動を要請しなければならない事態となつた。

一五時三〇分頃一五名の警察官が到着し七名が玄関を警備し八名が二階営業室に入室したが、妨害、混乱は甚だしく一五時三五分頃二〇名、一五時四〇分頃更に二〇名計五五名の警察官が到着し混乱の整理に当つた。

しかし、警察官が動員されたことに厳しく抗議して警官を排除することを強要し、捜索の執行不能の状態は依然として継続し、差押目録の作成などは到底できなかつたため大声で「差押目録の作成および交付はこの現状では不可能であるからのちほど国税局で整理して交付する」旨を告げて強制調査を打切り一五時四〇分頃捜索中の査察官に対し、差押物件搬出を準備し、全警察官は、営業室内部、階段、道路上を警備し、一五時五五分にようやく差押物件の搬出を了えることができた。差押物件運搬車の前でも朝鮮人男子二名、女子一名が坐り込んだり、数名の者が投石して運搬車の運行を妨害したが警察官の警備の強化により一六時調査を終了した。

B、組合の上野支店における強制調査の状況について

昭和四二年一二月一三日、一四時五〇分頃、同和信用組合上野支店に、小林査察官以下六七名が臨店した。小林査察官は一階内部カウンター中央附近にいた三五才位の男子職員に国税犯則調査のため臨検、捜索、差押に赴いた旨を告げ、責任者の在、不在を質したところ「支店長、副支店長は不在です」と答えたので、同人に身分証明書を示しながら職、氏名を告げたうえ、職、氏名を尋ねたところ懐中より名刺を小林査察官にさし出したので、預金係長、金陽寿であることが判明した。そこで、一四時五一分頃臨検、捜索、差押許可状を示し「実はこれから三和企業有限会社の法人税法違反の嫌疑でこの支店を捜索し、必要な帳簿、書類の差押えを行なうために来たので、これがその許可状です」と許可状を指しながら必要事項を説明し、更に松本祐商事株式会社の法人税法違反嫌疑事件にかかる同支店の臨検、捜索、差押許可状、李五達の所得税法違反嫌疑事件にかかる同支店の同許可状、金年珍の所得税法違反嫌疑事件にかかる同支店の同許可状についてもそれぞれ同様の説明をした。金陽寿はときどきうなづきながら、これを了解した。

(このころ女事務員は、電話やブザー等により友誼団体等に連絡した様子であつた。)

そこで小林査察官が同行の江原査察官に国税犯則取締法第九条による出入禁止の措置をとるよう指示したのち、更に金陽寿に対して捜索の立会を要求したところ、金は「私の一存ではできませんので本店に電話をかけて聞いてみたいと思います」と申入れたので、本店に電話させたうえ再度立会をしてくれるよう依頼したところ、顔面を紅潮させながら「立会できません」と答えてそつぽを向いてしまつた。

このとき、一階正面入口がにわかにさわがしくなり、「何んで入れないんだ」「お前ら何んだ」「馬鹿野郎」とどなりながら出入禁止の任に当つていた数名の査察官とはげしくもみあいながら立入禁止の表示をはぎとり、約一〇名位の精かんな若者が、スクラムを組み、体当りで査察官を突きとばして支店内に乱入し「お前ら何んだ」「馬鹿野郎」「人のうちへやたらに入りやがつて」「泥棒野郎」「出てゆけ」と口ぎたなくののしり、机をこぶしでたたき、あるいは机上の書類をつかみとばし、査察官を突きとばし、えり首をつかんで強く押しつけ、あるいはえり首をふりまわす等の暴行を開始した。

小林査察官は、このため直ちに表入口近かくにいた江原査察官に対して、警察官に援助要請を連絡するとともに捜索立会についても警察官に依頼するよう指示した。時に一四時五七分であつた。

この間一階表入口や同横入口によ、更に一〇名位の若者が強引に入室したので、支店内にいた職員約二〇名はこれに勢いを得て合同して暴力行為による妨害の挙に出てきた。

そこで、直ちに警察官に連絡をおこなつたところ、立会人としての警察官三名、警備としての警察官五名が入室したので、同警察官を立会わせ、調査を開始しようとしたが抵抗は一段と高まり公務の正常な執行が不能となつたため、さらに制服警察官の援助を求めた。その頃、大金庫のある二階に向つて数名の若い男が階段を駈け上り、永田査察官等の制止にもかかわらず、開いていた大金庫の扉を力づくで閉めようとして殺到して扉が開かれている金庫内の捜索をしようとしていた査察官と衝突し、なぐられたりなどして全治二~三週間の傷害を負わされたが、一五時一五分頃、制服警察官一四名が到着して査察官の要請に基づいて公務の執行妨害を排除する旨を告げたため、ようやく小康を維持することができた。

そこで、査察官は一階および二階の机、書棚、用紙、倉庫、ロツカー等を捜索して必要な物件を選別としながら差押えを行なつたが、二階の大金庫は暴力により閉扉されたため、捜索を行なうことができなかつた。

なお警察官が、二階に来援して公務の執行を妨害をした四名の男子を実力をもつて一階に降ろしたので平静にたちかえつた。この頃支店の前では組合からの連絡によつて集つてきたと思はれる三〇名位の集団が、さかんに気勢をあげ、その人数は刻々増加しつゝあつた。

一五時四〇分頃、立入禁止の趣旨を一層徹底するために、査察官が信用組合のシヤツターを降ろし一階の差押物件を二階広間に運搬して選別し、差押目録を作成する作業を行なつた。その後一六時五分頃七~八名の若い男が玄関口を占拠して帰路を閉鎖しようとして査察官との間にはげしいもみ合いがあり遂に占拠されるにいたつた。

このような状況のもとにおいて組合の副理事長梁大錫、支店長白在玉が到着し「角し合いをしたい」との申入れを行ない小林査察官と面談したが、話し合いといつても強制調査の非難し終始し、事態の収拾に益するもではなかつた。この間随所において、暴力行為により査察官の調査を妨害する行為が繰り返きえされたので更に警察官の増援要請を行つた。

一六時四〇分頃、二階が騒がしくなつたので、差押物件を一階に集結し、査察官全員で差押物件の奪還散逸を防ぐ態勢をしいた。玄関口のシヤツターがいぜんとして閉鎖され占拠されている状況にあつたため査察官は差押物件護衛班と警備班とに分かれ警備班は警察官と共同して玄関口のシヤツターを開き警察官は青年達をごぼう抜きにしようとしたが内部の警備が手薄のため思うにまかせず、この為重ねて警察官の増員方を要請した。

白石査察官はシヤツターを開くよう警告し、開かなければ警官に依頼する旨を通告したが、開扉の様子は全くなかつた。警察側は、シヤツター開扉のための実力行使を更に警告したが、これにも応じないので機動隊はやむを得ず、一七時二五分頃、はしごを用い、二階より約一六名の警察官が入室しようとしたが、最初に入室した上野警察署の交通係阿部巡査はホツチキスのような金物を投げつけられて頭に裂傷を負い、うぐいす谷の塩田外科に入院するにいたつた。

警察官はシヤツターを開くため、シヤツターを占拠していた青年達を実力をもつて排除し、ジヤツキー等によつて約四〇センチこぢ開けて玄関口の帰路を開いた。

査察官は差押物件を玄関口から搬出し次いで査察官全員が腹ばいになつて脱出し(この時一七時五五分頃)つづいて警察官が脱出した。

なお、同事務所前に集合していた支援者は、実に約二~三百名に上り援助を依頼した警察官の数は二百名に及び、正に騒擾に近い情況を現出したが、夕刻午後六時頃にいたつて漸く鎮静に帰そうとしていた。

三、同第三項について(申立人の主張する本件差押処分の違法に対する反論。)

(1) 申立人は国税犯則取締法(以下国犯法という)第二条第一項による臨検、捜索および差押は、犯則嫌疑者自身に対してのみ認めうるものであり、第三者に対して強制査察を行なうことは許されないと主張する。しかしながら、国犯法第二条第一項では、強制査察の対象についてそのような限定はしていない。

犯則嫌疑者以外の第三者が、犯則事件の捜査上必要な資料証憑を所持していることもありうるものであつて、同条項は収税官吏の犯則事件調査の目的を達成するために強制調査を認めたものであるから、必要ある場合に第三者について臨検、捜索、差押を行ないうることは当然である。

この点は、同法第一条による収税官吏の調査が参考人に対しても認められていることに対比すれば明白である。

また、申立人は第三者の所持物件の差押は「犯則ニ供シタル物件若ハ犯則ニ因リ得タル物件」以外には許されないという。

これらの物件は国犯法第三条第二項に定められているが、この規定は、間接国税に関する犯則事件に関するものであり、これらの物件の所持者は犯則者であることが外見上明白であるとして、緊急の場合には裁判官の許可なくして強制処分をなしうる旨を定めたものであつて、差押えの対象物件を犯則に供した物件等に限定してはいないものであるから、裁判官の許可を得てする臨検、捜索、差押えの対象については参考になるものではない。

(2) 申立人組合は、被申立人の任意調査に積極的に協力する態度をとつていて強制処分をしたのは必要性なくしてなされた違法があるというが、申立人組合が本件犯則事件の調査にあたつて、はなはだしく非協力であつて、そのために本件の国犯法第二条による強制処分に出でざるを得なかつたことは、前述のとおりである。

(3) 申立人は、本件差押えは国犯法の手続に違反するという。

しかし

(イ) 許可令状の呈示、同法第六条第一項の立会、身分証明書の呈示の点については、既述のとおり許可令状身分証明書の呈示は行なつているし、立会の点は、申立人側で拒否したため、警察官を立会わせたもので、何ら違法の点はない。

(ロ) また、差押目録謄本交付の点については、差押物件が七九七点にのぼる多数であつて目録作成には相当の時間を要するところ多数の者が室内にいて口々に当局側の措置を非難し喧噪を極め、場合によつては差押物件の保持すら危うまれる状況にあつたので、いずれも目録は東京国税局で整理の上作成することとし、差押物件を東京国税局に持帰り直ちに目録の作成に着手し翌日その謄本を申立人に交付したのである。

国犯法第七条の差押目録は、差押後遅滞なく作成すべきものではあるが、本件のように差押現場においては作成が困難な事情の下では、収税官吏の所属官署において作成することも許されるものであり、何ら違法の点はない。

(ハ) また、申立人は、査察官、警察官の暴行を云々するが前述のように暴力をもつて捜索、差押えを妨害しようとしたのは、申立人の職員や部外者で、査察官らが警察官の援助のもとにこれを排除したにすぎないものであつて差押えになんらの違法の点はない。

(ニ) さらに、申立人は、本件犯則事件に全く無関係の多数物件を差押えたのは違法であるという。

差押物件はいずれも犯則事件調査上必要なものではあるがそのうち大多数のものはすでに申立人に還付されている現在差押中の物件は別紙目録記載のとおりで、これらはいずれも現に差押えを継続する必要があるものである。

(ホ) 申立人は、本件差押えは不純な政治的動機にもとづいて、もつぱら申立人組合の信用を失墜せしめ、その業務を妨害するためにおこなわれたものであると主張する。その失当であることは、すでに本件差押えに至るまでの経過として述べたところによつて明らかであると考える。

四、本件申立は次の理由によつて却下さるべきである。

(1) 本件申立は本案について理由がないことが明らかである。すなわち、本件申立の本案請求は、国犯法第二条による収税官吏の差押処分の取消を求めるものであるが、同条項に基づく差押物件は犯則事件を告発した場合には検察官に引継がれ、これにより検察官が刑事訴訟法の規定により押収した物とされ(第一八条)、また、差押は裁判官の許可という裁判に基づいてなされるものであるという性質を有するものであるから、刑事訴訟手続の一環としての性格を有するものと考えられる。したがつて、国犯法に基づく差押に対する不服申立の方法は、行政事件訴訟法による抗告訴訟ではなく、刑事訴訟手続に準じた方法によるべきものである。このように、本案請求は抗告訴訟の対象とならないものの取消を求める不適法な訴で、その理由のないことが明らかであるから、本件申立は却下さるべきである。

(2) 申立人には回復の困難な損害は生じない。

被申立人小林および木場が、申立人組合の本店および上野支店において差押えた帳簿書類等の物件は、前記疎乙第一号証および同第三号証一乃至四の各差押目録記載のとおり、本店で四二五点、上野支店で三七二点の合計七九七点であつたが、そのうち本店分三七七点、上野支店分三四九点の合計七二六点はすでに申立人に還付ずみであり、(疎乙第二号証の一乃至一三)、また、残りの七一点(本店分四八点、上野支店分二三点)のうち二一点(本店分六点、上野支店分一五点)についても、申立人が受け取りに来庁すれば何時でもこれを還付する旨を申立人に連絡ずみであるから、結局問題は別紙目録記載の本店分四二点、上野支店分八点の合計五〇点であるということになるのであるが、そのほとんど(本店分四二点、上野支店分三点、合計四五点)は、すでにその記載内容が他の帳簿書類に移記され、しかもすでに決算も終つている昭和三八年一〇月以降昭和四二年三月分までの伝票綴であり(申立人の事業年度は、四月に始まり、三月に終ることになつている。)、残りの五点(いずれも上野支店分)については、申立人が受け取りに来庁すれば前記二一点の帳簿書類等とともにその写し(なお、上野支店の李五達関係分の9定期預金元帳および10手形貸付金元帳は、差押えられているものそのものがもともと写しであり、原本は申立人の手許に残されている。)を交付する旨を申立人に連絡ずみであるから、これらの書類を差押えられたからといつて申立人の日常業務の遂行に支障があるものとはとうてい考えられない。

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